ピエール・ニネの演じたイヴ・サンローラン

SANYO DIGITAL CAMERA

2014年9月に公開された映画『イヴ・サンローラン』(ジャリル・レスペール監督)。
イヴを演じたのはコメディ・フランセーズの俳優ピエール・ニネ。この人、イヴ本人が蘇ったかと思うほど容姿がそっくりで、驚いた。

さて、作品のアタマでは1957年の数字が。
これはクリスチャン・ディオールがイタリアのバカンス先で急死し、イヴ・サンローランがその後を引き継ぐことになった年。
くしくも『日記 ヨーロッパ浮わ気ドライブ: 広告マンがクルマで走った1957年の欧州』が記録された年。

この作品に主演し、「新星」と絶賛されたピエール・ニネのインタビューを読むと、まず彼は生前のサンローランの声を録音したものをずっと聴いていたとか。
はにかみやで、口数が少ないサンローラン(私が何かを見たり読んだりして知る限りの)。
その声をとおして、今はなき世紀の逸材を解釈していったに違いない。

たしかに声にはその人の情報が含まれている。
今日はこの人、機嫌よいな、あまりよくないな、ちょっと元気ないかも、のぼりっ調子だね。
などと、声は一瞬にして相手のコンディション、そして「人となり」のようなものをそっと語ってくれる。

さて、ピエール・ニネ。
彼は在りし日のサンローランその人になりきっていた。
「身体に入れた」といわんばかりのあの演技は、イヴが憑依したかのような、手に汗握るものでした。

内容も20世紀を代表するファッションデザイナーのクリエイティヴや私生活に踏み込んだ、この作品。
ピエール・ベルジェ=イヴ・サンローラン財団に保存されている本物の衣装も貸し出され、ファッションショーを再現したシーンも見どころのひとつ。
また、スキャンダラスな内容(ドラッグ、飲酒に加え、カール・ラガーフェルドと恋人を共有していたことや恋人以外の男性と人知れぬ秘密の場所への出入り)など、ドキマギするようなシーンもしっかり描かれている。

「モードの帝王」といわれたイヴ・サンローランだけど、実は「ライセンスビジネスの帝王」でもあった。
クリエイティヴはイヴ・サンローラン、ビジネス面は彼の恋人、ピエール・ベルジェが受け持つ二人三脚の仕事は成功をおさめ、その報酬で彼らは美術館を開業できんばかりの世界の美を貪欲に収集した。
それはため息がこぼれてしまう有名作家の絵画だったり、はるか昔に暦をさかのぼる、作り手知らずの民俗工芸だったり。それらの大半はイヴの死後、パリで大規模なオークションが開催され、手放すことになるのだが。

余談だけど、個人的にはピエール・ベルジェにはいつかパートナーのイヴ・サンローランのことだけでなく、ビジネスの軌跡を語った本を出してほしい。この人の手腕はとても参考になるような気がするから。

イヴ・サンローランのファッションはリアルタイムでは知らないけれど、彼の名前が入ったモノはたくさん知っていた。
タオルにスリッパ、靴下……。
本国フランスから海を超え、日出る国の家庭にまで彼のロゴの入った何かは、あったのではないだろうか。

「森を見て木を見ず」というのかな。
彼の光と影が醸成しつづけ、発表した素晴らしいファッションの数々をリアルタイムで知らなかったことが悔やまれる。


日記 ヨーロッパ浮わ気ドライブ: 広告マンがクルマで走った1957年の欧州』のfacebookはこちらから。

LINEで送る