ブラジル広島カープ後援会広島支部長の独り言

2016年9月10日、ついに25年ぶりに広島カープが7度目のセ・リーグ優勝を決めました。
この日を待ちわびていた方。本当におめでとうございます!

さて本日は、日記『ヨーロッパ浮わ気ドライブ』の著者、水馬義輝が残したカープ優勝にまつわるエッセイを紹介しましょう。

ブラジル広島カープ後援会広島支部長の独り言

仕事柄、私のもとにはカープに関する問い合わせや情報が封書で寄せられる。中でも印象的な二通を一部省略して引用してみた。

『今年の冬も日本は寒いとのことですが、いかがお過ごしでしすか。サンパウロはなかなか夏らしい天気にならず、また雨が降るとあちこちで洪水騒ぎが起きています。

先日、カープの’85年度カレンダーをいただきました。ありがとうございました。
家内と子供二人(女の子ばかりです)で取り合いをしているため、まだどの部屋にかけるか決めかねています。

ところで、大変勝手なお願いですが、古葉監督と衣笠選手のサインは手に入りませんでしょうか。昭和四十七年から五十二年まで広島に勤務している間に家内がすっかりカープ・ファンになってしまい、何とかならないかとしつこく言うものですから、厚かましいとは思いながらもお願いする次第です(略)』

『(略)新会員名簿をお届けします。なかなかの人気で増加する予定です。皆さん、カレンダーお待ちかねです。カープ対阪急第7戦(優勝戦)ビデオ入手いたし観戦いたしました。優勝した瞬間、涙が出ました。(略)』

地球の反対側のブラジルにこんな人たちがいることを、一体どれほどの人が知っているのだろうか。

昨年十一月ブラジルに滞在中、家の不幸から急に日本に帰らなければならなくなった。その翌日、十一月二十二日にサンパウロの日本食堂「だるま」で、ブラジル広島カープ後援会の発会式が開かれた。私が帰国することがなかったら、この賑やかな発会式に日本からの唯一の参加者として皆さんから祝福?されていただろうと思うと、一日の違いでこんなことになるとは余程不運な人間だと思う。

1984年11月22日にサンパウロの日本料理店「だるま」で発足式が行われた。
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不運といえば、カープの優勝に関しても不運な?男だと思っている。何故か?
初めてカープが優勝した昭和五十年。その時私はブラジルに居た。あの感激の一瞬、そして熱狂的な平和大通りのパレードを観ていない、というより参加していないのだ。

そして五十四年の優勝の時もいない。五十九年の優勝の時もサンパウロに居て、日本の人たちと乾杯をしただけ。考えてみるとセ・リーグ優勝4回、日本一3回の内、日本でその感激を味わったのは五十五年の優勝の時だけ。それ以外はいつもサンパウロで静かに盃を挙げ、何日か経て日本から送られてきたVTRで優勝の瞬間に涙を流したものだ。

カープと私。一番近いつもりでいる私が一番遠いのかもしれないと思ったりもする。
日本から一番遠いブラジルでカープ優勝の知らせを聞くのだから、こんな人間は広島にはいないだろうと思う。

初出;『広島ペン』1985(昭和60)年
『もう、ひとつのアドバルン』水馬義輝エッセイ集より

ブラジル広島カープ後援会は1984年11月22日にサンパウロで発足されました。
(一番上の写真は1986年に撮影)

発起人は水馬義輝で、会には南米銀行社長・ブラジル日本商工会議所会頭 橘富士雄氏、元・ブラジル日本文化協会会長 延満三五郎氏、ブラジル広島県人会会長 定常大二郎氏をはじめとする方々が入会され、遠く離れたブラジルから広島カープを応援されていたそうです。

ブラジル広島カープ後援会

写真提供:橘愛子

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