映画『ル・コルビュジェの家』とシトロエン

ル・コルビュジェの家というタイトルに惹かれて観た映画『ル・コルビュジエの家』

コルビュジェの家というから、てっきりヨーロッパのどこかの国の製作かと思いきや、なんとアルゼンチンで創られた作品。
コルビュジェと南米はまったく結びつかなかったので、その点も興味シンシンで。

ロケで使われた家はアルゼンチン・ブエノスアイレス州ラ・プラタにあるクルチェット邸(普段は資料館だそう)。この邸宅は、南米で唯一のコルビュジェ作品で、世界遺産に申請中なのだそうです。

なんと、この映画のオープニングで飛び込んできたのがクサビ形のエンブレム…そう、シトロエンです。
日記『 ヨーロッパ浮わ気ドライブ』で、パリからハノーバーまで走った車ですね。
日記の著者、水馬義輝はシトロエン2CVトラック型をパリで借り、凱旋門の前でシトロエンとともに写真を撮影しています。(それが本書の表紙)。
作品の中では、主人公の愛車としてシトロエンが登場していました。

主人公はデザインを手がけたチェアが世界各国で大ヒットした、富裕なアルゼンチン人インダストリアルデザイナー。コルビュジェ設計の家に住んでいるのは、成功の証か。
家族はヨガ教師の妻と反抗期の娘。自宅では主人公が着なくなったTシャツをありがたく着てくれるお手伝いさんも雇っています。
隣人はコワモテのとっつきにくそーなおじさん(おそらく、ひとり暮らし)。

ある日突然、この隣人が壁をハンマーで叩き壊し、窓を作りはじめたことで、話は展開していきます。
コワモテの隣人は真っ暗な部屋に自然光を採り入れたいと願う。窓を作る理由はただそれだけ。
インダストルデザイナーとその妻は、それをプライバシーの侵害だと憤るわけです。

自宅の窓に対面する窓の存在、工事の騒音、そしてキョーレツな個性の隣人。デザイナー夫婦はそれがストレスに。とくに妻の方は。
こうしたいさかいが生じたことで、コルビュジェ設計の邸宅に暮らす一家ははじめて隣人を意識し、関わりをもつようになります。
それまで、ご近所づきあいがなかったのは、このデザイナー一家が「閉じている」人たちだったからだろうな。

はたして隣人の窓は完成するのか…。

印象深かったのは、両家の主人2人が関わる場面。人となりがよくわかるのです。
コワモテが、見た目とはウラハラにユーモアがあり、男気と人情味があふれる面が浮き彫りにされていたり。デザイナー氏は他人には横柄なくせに妻に頭が上がらない面や浮気症であることなども、丁寧に描かれていました。

コワモテの隣人に唯一、シンパシーを感じたのは反抗期の娘。彼らは言葉を交わすことなく、笑顔だけでわかりあえるような関係に。
この2人は問題となっている窓を通して出会うのです。
コワモテは未完成の窓ごしに、人差し指と中指にブーツをはかせ、ダンボールの箱を部屋に見立て、指人形ダンスを繰り広げるのです。これ、すごく素敵。アルゼンチンの伝統的な遊びなのかしら?

人を喜ばすことが好きなコワモテが繰り広げる、指人形劇場を対面する窓から楽しむ娘。
彼女は本能的に、このおじさんはいい人だと感じたわけです。となりのおじさん、うちのパパより親しめるかも。そして、このふれあいが結末にも関係するのですが。

ストーリーはさておき、この映画の醍醐味はなんといっても、ロケに使われたコルビュジェ設計の住宅のほぼ全貌と、その空間の使われ方がよくわかることでしょう。
映画ではコルビュジェの建築に暮らす主人公にこう言わせています。
「簡素、快適、調和とバランスの名建築だ」と。

名建築といわれる住宅は多くありますが、写真で外観は知っていても、内部を見る機会はなく。この作品は、住んでいる人がどんなふうに部屋を使っているのかが、よくわかる作品でもあります。

たとえば、玄関から階上に続くスロープを行き来する家族の動き。娘はここで走ったり、夫は妻を見上げたり。
住宅の中庭にはファミリー・ツリーともいえる大きな木が空に向かってのび、部屋から手を伸ばすと幹や緑にふれることができる。
そして、反抗期の娘の部屋はピンク色がポイントになっていて、ピンクのベッドカバー、ピンクのフォークギター、壁にはチェ・ゲバラの顔をピンクのキャンバスに描いたアート。
しつらいの参考にもなりそうな作品です。

さて、結末は意表をつくもの、とだけ言っておきましょう。
けれど、最後まで隣人とインダストリアルデザイナーの人となりが、実によく表れていました。

こういう名建築の空間を余すことなく使う、フィクションの映画って他にあるのでしょーかね。あれば見てみたいものです。

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